展示場住宅を建てるにはまず土地が必要であり、それは日本において異常に高価な買物である。新たに土地を買って、そこに展示場住宅を建てるということは、通常のサラリーマンにとって、一生に一度の買物である。それはそのあまりの高額さによって、それを手に入れることが人生の目的であるかのごとく錯覚を与えることも、往々にしてある。この錯覚を「住宅の人生化」と呼ぶ。この苦く、重い「住宅の人生化」を受け入れるという選択は、はたして合理的な選択だろうか?ハビタ派ならこう問うに違いない。
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そしてラジカルなハビタ派なら、たぶん、「そんなものは不合理な持ち家信仰にすぎない」と判断を下すかもしれない。「人生を住宅ローンに捧げるよりは、今のままの借家に住んでいる方がよほど合理的だ」というのが答えかもしれない。実は展示場派にも、そんなことぐらい軽くわかっているのである。「ただし世の中には理屈ではわりきれないものがある。」−これが展示場派の人々の基本的な態度である。彼らはハビタ派と多くの部分を共有している。ハビタ派の合理主義を完全に理解している。しかし一方、合理主義ではわりきれないものの存在をも、彼らは認める。例えば「管理職にもなってアパート住まいはみっともない」という考えをもっともだと思い、「土地を持っているだけで得られる理屈のつけようのない安心感」をも否定しない。この両義性、折衷主義、現実主義が彼らの住宅のすべての部分に反映することになる。