共に住むのに相応しいかという基準で同居者を選べるというシェアの選択性は、別の側面からみれば、嫌になればシェアをやめられるという解消可能性ともいえる。これは、シェアが、夫婦や家族のように血縁や性的親密性を基礎とするのではなく、いわば「共に住むために住む」ものであることからくる利点である。しかし、自分に相手を選択する自由があるということは、相手にも同じく選択の自由があるということでもある。少しでも嫌な思いをさせたらシェアメイトが出て行ってしまい、新しい相手探しをまた一から始めなければならないことを思えば、他人と住むことはあまりにも不安定だ。
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また、そんな緊張のなかで生活していては、安らぎの場であるはずの自分の家が、常に他人から試され、評価される場になってしまう。これではまったく安らげない。このような自分が選択されることへの不安は、居住における自由や対等性と表裏一体といえる。「何かあってもこの人といる以外に生きていく道はない」という状況には、安心があるかもしれないが我慢と諦めが必要であろうし、「少しでも嫌なことがあれば明日にでも出て行けばいい」という状況には、自由はあるかもしれないが緊張と不安定さがある。だとすれば、あまりにも選択肢が狭いケースと、あまりにも不安定なケースをどのように回避するかが重要になる。